11月27日 「救い主が来られた!」

 

ヨハネ福音書7章25節~31節

イエスさまはガリラヤ地方を中心に伝道活動をなさいました。悪霊に取りつかれた人から悪霊を追い出され、医者のみならず、世間からも見放された病人を癒され、教えを求め、救いを求めている人たちに、教え、救いの言葉をお語りになられました。イエスさまの噂はどんどん広まっていきました。現代のように、簡単に遠くに移動する手段もありませんでしたし、テレビもラジオもインターネットもありませんでしたから、イエスさまを見た人、会えた人はごくわずかであったでしょうし、その噂は口伝えでゆっくりと広まっていったことだろうと思います。

イエスさまの時代の人たちだけではなく、今でも、人は噂話が大変好きです。文明や文化の発展や情報の量やスピードとはまるで関係なしに人は噂話が好きなものです。噂話のいけないところは、それが疑いに満ちていること。ねたみを膨らませること。相手を侮らせたり蔑まさせたりすることです。人の心の悪意を育てます。良いことはそのまま伝えられたとしても、そうでないことには尾ひれ背びれがついてしまうのです。わたくしたちは、そういう噂に苦しんでいる人がいれば寄り添い、助ける者になりたいものです。けっして発信源にならないように、風上に立つ者にならないように気をつけたいものです。

イエスさまに悪意をもっていた者たちから発せられた噂もエルサレム中に広まりました。「律法学者たちから恨まれてるらしいよ」、「自分のことを救い主(メシア)だって言ってるんだとさ」、「あいつはナザレの村の大工だよ」、「お母さんや兄弟たちのことを良く知っているよ」。イエスさまの耳にも人々のささやきが届きました。ある時、イエスさまが神殿で教えておられた時のことです。イエスさまは「あなたがたはわたしのことをよく知っている」と言われました。皮肉にも聞こえます。だって、本当の意味でイエスさまのことを知っている者は誰もいなかったからです。でも、人々はイエスさまのことを知っているつもりでした。

そこで、イエスさまは言いました。「わたしは自分勝手に来たのではない」と。イエスさまがなさってきた伝道活動のあらゆることは、イエスさまが自分勝手になさったことではないのです。イエスさまを救い主として世にお遣わしになられた方の御心によってなされたことなのです。イエスさまが伝えたかったこと、知って欲しいと願っておられたことは、イエスさまご自身のことだけではなくて、父なる神さまの御心だったのです。だから、いくらイエスさまのことを知ったつもりでも、父である神さまの御心を知らない者は、消え去る噂の虜になっているようなものだったのです。

わたくしたちの救い主であるイエスさまが来られます。救い主は自ら来られたのではなくて、父である神さまがお遣わしくださいました。だから、このアドベントの時、救い主であるイエスさまを待ち望みながら、わたくしたちは父である神さまの愛を受け取るのです。イエスさまを見上げながら、そこに父である神さまの大きな大きな恵みを受け取るのです。そうして神さまの真実に生きるのです。豊かな備えの時を過ごしてまいりましょう。

 

コメントは受け付けていません。

2018年8月
« 8月    
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  

写真 / 動画のページ (2)
礼拝案内 / 説教集 (77)

WP Cumulus Flash tag cloud by Roy Tanck requires Flash Player 9 or better.