6月9日「キリストの日に誇る」

フィリピの信徒への手紙2章12節~18節

 フィリピの信徒への手紙は、パウロが牢獄の中で書いた手紙の一つで、エフェソ書、コロサイ書と並んで「獄中書簡」に数えられます。牢獄の中で書いた手紙ですから、悲壮感に満ちているかと言えばそうではなくて、この手紙は「喜びの手紙」と呼ばれるほどにあふれる喜びが語られています。

 普通、喜びというのは嬉しいことがあったり、楽しいことがあったりする時に感じるものです。パウロの獄中生活は楽しいものだったのでしょうか。そうではありません。明日には死刑が宣告されて殺されるかもしれない緊張感の中にあったはずです。では、一体パウロは何を喜んでいたのでしょうか。何がパウロを喜ばせていたのでしょうか。

 パウロはフィリピの教会の人たちに「いつも従順でいたように、…なおさら従順でいて、恐れおののきつつ自分の救いを達成するように努めなさい。」と書き送りました。この「従順」はパウロの教えや勧めに対する従順ではありません。神さまに対する従順のことです。パウロがフィリピの教会の人たちとの関係において望んでいたのは、パウロの権威とか働きとかそういうものに対する従順ではなくて、神さまに対する絶対的な信頼をもった確かな信仰でした。

 信仰を貫いて救いを得るために「努めなさい」と勧めています。けれども、ここでも気を付けなければならないのは、これもまた人間的な努力をするということが勧められているのではないということです。人間的な努力ももちろん大切です。あぐらをかいて寝転んでいて救いを得ることなど出来ません。何かしらの努力は必要です。しかしながら、神さまの御心に従って、信仰を貫くということは簡単なことではありません。でも、その難しさは人間的なものではなくて「あなたがたの内に働いて、御心のままに望ませ、行わせておられるのは神である」ということを受け取る難しさです。つまり、ここで努めるべきことは、わたしが何かをするということにおいてではなくて、神さまがわたしの内に働いて御心のままに望ませ、行わせようとしておられることは何かを受け取る努めです。わたしの内から出てくる思いに従うことは簡単かもしれません。けれども、わたくしたちのすることは神さまの御心を受け取って神さまの御心に従うことなのです。

 そこに神さまが直接お働きくださって御心がなされているのだということを受け取るのです。そこに神さまの御心はない!それは違う!というのは簡単なことなのです。自分たちの懐具合を見ればすぐにそういうことが沸き起こってきます。高齢化して、信徒数が減って、献金も減って…そういうことから何も出来ないと考えるのは簡単なことです。しかし、わたくしたちは信仰を貫いて救いの達成のために神さまの御心を受け取る努めをするのです。そこに御心がないというのではなく、そこに御心が確かにあるという確信によって前進するのです。これこそが、どんな困難をも越えて喜びを得るための信仰の道筋なのです。

 パウロは牢獄に入れられて、明日には命が取り去られるかもしれないところで、ここに神さまの御心はない。などとは思いませんでした。むしろそこでもなお神さまの御心が働いているということを受け取って、そうして救いを確信し、喜びの内に置かれていることを知ったのでした。

 どんなことにおいても神さまの御心を受け取るものは、そこで不平や理屈を言ったりはしません。すべての内に神さまがお働きくださっておられることを知っているからです。そうして神さまの御心を受け取る者は神さまによって「清い者」と呼ばれます。この清さもまた人間的な清さによるのではありません。パウロがそうです。パウロは囚人です。犯罪人に数えられているのです。世的に言えば汚れている者と呼ばれる立場に置かれています。けれども、牢獄にいながらそこで神さまの御心を受け取って喜びの内に生きることによって神さまの清さの内にあって、神さまご自身が自分を清い者と呼んでくださっておられることを知っていたのです。

 パウロは、神さまの御心を知って、信じて、自分が喜びの内に置かれていることを知って喜びました。大いに喜びました。自分の思い通りにいかない状況にあって、しかし、これは神さまの御心通りであることを受け取って喜びました。神さまがそうして喜びの内に自分を清めてくださっておられることを受け取りました。清い者として喜びました。主の清さの内にあって喜び生きることを、キリストの喜びとして受け取りました。そうしてパウロはキリストの誇りを抱いたのです!

 「わたしは喜びます。あなたがた一同と共に喜びます。同様に、あなた方も喜びなさい。わたしと一緒に喜びなさい。」神さまの御心を信じて喜びの内に歩みましょう。この喜びの内にあって、キリストをこそ誇りましょう。わたしはキリストと共に生き、キリストが共に生きてくださり、恵みの内に置かれ、清められている者として、キリストを誇りましょう。

 

 

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