6月23日「バルナバ‐慰めの子‐」

使徒言行録4章32節~37節

 今朝の箇所にはレビ族出身でキプロス生まれのユダヤ人ヨハネが出てまいります。彼は「バルナバ‐慰めの子‐」と呼ばれていました。バルナバは、パウロの回心を疑った使徒たちと違って、それをそのまま受け入れました。さらに、財産をす べて売り払って使徒たちに差し出しました。

 バルナバについて記されているところがいくつかあります。使徒11章には、彼が教会からアンティオキアに派遣され、そこで神さまの恵みを見て喜び、主から離れることのないようにと人々に勧めたとあります。そして、バルナバは立派な人と認められており、聖霊と信仰とに満ちている人物でした。多くの人がバルナバによって主へと導かれました。

 また、使徒言行録13章から15章には、パウロとバルナバの伝道について記されております。様々なところに出かけて行って伝道したことがわかります。さらに第一コリント9章に「使徒の権利」という見出しのつけられたところにもバルナバの名が出てまいります。つまり、使徒の一人に数えられていたということです。

 しかし、わたくしたちが見るべきところは、バルナバがいかに立派な人物であったか。使徒としての権威がどれほどのものであったか。あるいは、その人となりではありません。もちろんそれも大切なことでしょうけれども、もっと大切なことは、このヨハネが「バルナバ‐慰めの子‐」と呼ばれたことです。その根拠についてはどこにも記されておりません。

 バルナバは、おそらく、確かに優しい人で、愛に満ちており、行いにおいても、言葉においても申し分のない人だったのでしょう。知恵においても、この世の宝においても多くの賜物を与えられていたであろうと思います。けれども、だからバルナバと呼ばれていたのかと言いますとそれだけではなかったであろうと思います。

 バルナバは誰よりも主の慰めを豊かに、また深く受け取っていたのでしょう。そして、彼自身がそうして主の慰めのいかに深いものであるかを証ししていたのであろうと思うのです。彼の行いや言葉がいつも主の慰めに満ちていたのだと思うのです。そういう点で、バルナバはパウロとは違った仕方で伝道に用いられたのだと思うのです。誰もがバルナバと接し、その語る言葉を聞き、その行いを見て、そこに主がいかに慰め深い方であるかが見えたのであろうと思うのです。

 先週「慈善の業」と「奉仕の業」について御言葉をお聞きいたしました。主ご自身が誰よりも低くへりくだられて世に来られ、命をお捨てになられた。その主のへりくだり、貧しさによってわたくしたちは恵みを受け、その恵みから良い業が生み出されることをお聞きいたしました。

 バルナバもそうして主の慰めのもとに自分のすべてを献げたのです。けれども、そうして自分のすべてを献げたのはバルナバだけにとどまりませんでした。「信じた人々の群れは心も思いも一つにし、一人として持ち物を自分のものだと言う者はなく、すべてを共有していた。」とあります。バルナバの信仰がそうして人々を献げる信仰へと導いたことは確かでしょう。それは、自分たちの教会の豊かさのためではありませんでした。いや、もっと言えば自分たちの教会の豊かさは、使徒たちが語る御言葉によって生み出されることを信じて、使徒たちに対して献げ物が献げられたのです。

 一人も貧しい者がいないというのは、誰もがお金持ちになったということではありません。献げる貧しさは主の貧しさに預かることです。それが豊かさとなったのです。それが生み出されたのは、御言葉によって、主の憐れみによって、皆の思いと心が一つになったからでした。

 主がわたくしたちの思いも心も一つにしてくださいます。こんなにもバラバラで、それぞれに違いを持ったわたくしたちが一つになるのにこの世の何かでは出来ないのです。ただ主こそがわたくしたちを一つにしてくださるのです。聖餐の序詞にもキリストにおいて一つとなると言う言葉があります。そうなのです。主がわたくしたちを一つにし、慰めに満ちた共同体をお造りくださいます。その主の慰めに預かり、御言葉に生きてまいりたいと思うのです。

 

 

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