1月1日「権威ある新しい教え」

マルコ福音書が、イエスさまが伝道活動で最初になさったこととして記しているのは、カファルナウムの会堂で教えを語られたことと、汚れた霊に取りつかれた男を癒した出来事でした。
イエスさまの教えを聞いた人たちは「その教えに非常に驚い」て、「権威ある新しい教えだ」と言いました。これまで聞いて来た律法学者たちの教えとは違っていたのです。
律法学者たちの教えは、清く正しく生きる方法、罪を犯さない生き方を、律法を解釈して生活に適用させる教えでした。つまり、何をしたら良くて、何をしたら悪いかという教えです。
イエスさまの教えは違いました。どうしたら間違わないか、罪を犯さないかということを教えたのではありませんでした。ただ神さまの愛と憐れみの内に生きることを教えたのです。
汚れた霊に取りつかれた男に対して、律法学者ならこう言ったでしょう。「皆さん、あの男は汚れているので近づいてはなりません。あなたがたも汚れてしまわないようにするためです。」と。そして、男に対しては「あなたは汚れているからここには来ないように。」と。律法学者は、この男の人自身が汚れている存在であると見たでしょう。
けれども、イエスさまは、周りの人にでもなく、その男にでもなく、汚れた霊に向かって「黙れ。この人から出て行け」と言われました。イエスさまはこの男の人が汚れているとは見ておられなかったのです。
イエスさまは、わたくしたち自身が汚れているか、汚れていないか、あるいはどうしたら清く正しく生きられるかということではなくて、神さまがわたくしたちを清め、正しい者とし、お赦しくださるのだから、その愛と憐れみに生きることこそ大切なのだと教えられたのです。
もし、自分が何か正しいことをしなければならないとか、清くなるために何かをしなければならないと思っていたり、あるいは汚れていること、罪深いことを嘆いているのなら自分で何とかしようとすることを捨てて、神さまのお言葉を聞いて、そこに溢れる愛と憐れみを受け取って欲しいのです。それは律法的な権威よりももっと素晴らしい権威ある新しい教えとしてあなたを励まし、慰め、勇気つけるでしょう。

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